生命維持装置とはどんな装置化?

心臓が止まると、脳に血液が流れなくなり呼吸が止まります。脳に血液が流れなくなった状態が数分間続くと、回復は不可能になります。このような状態になった時は、間髪を入れず心臓の拍動を再開させて、呼吸を回復させる必要があります。心臓の拍動を再開させるためには心臓マッサージが、呼吸を回復させるには人工呼吸が必要になります。 「生命維持装置とはどんな装置化?」の続きを読む…

終生

ターミナルケア、終末ケアの考え方

医療が高度に進歩した現代においても、なお人間の生命には限りがあります。いまだかつて不老不死を達成した人間は一人もいません。どんなに栄華を極めた人間でも、いずれは死を予感し、死と向き合い、そして死にゆくものです。そうした死の間際にある患者を見守り、支えるための医療をターミナルケアといいます。日本語では「終末期医療」と訳されることもあります。 「ターミナルケア、終末ケアの考え方」の続きを読む…

終生

植物状態から回復することはある?脳死と余命

脳に障害が発生すると意識がなくなり、呼吸運動ができなくなることがあります。しかし、現代は非常にレベルの高い人工呼吸器があるため、この状態でもある程度、具体的には数年以上生きることもも不可能ではなくなってきています。この状態を植物状態といいます。

日本脳神経外科学会は、脳死を以下のように定義づけています。

1. 自力移動ができない。
2. 自力摂食ができない。
3. し尿失禁がある。
4. 声を出しても意味のある発語ができない。
5. 簡単な命令には辛うじて応じることもできるが、意思疎通はほとんどできない。
6. 眼球は動いていても認識することはできない。

植物状態と近い状態に、脳死があります。脳死とは、人工呼吸器をつけていても近いうち(数日~10日程度)に死亡することが確定しているものです。脳死は心臓や呼吸をつかさどる脳幹という全脳が障害されている状態であるのに対して、植物状態は脳幹は障害されておらず、大脳の障害にとどまっているという違いがあります。

世界のほとんどの国では、脳死が人の死とされています。しかし、日本の臓器移植法では、臓器を提供する意思がある場合に限って「脳死を人の死」としています。日本では「死」自体を定義する法律はなく、医師が呼吸停止、心臓停止、瞳孔反射の喪失を判断することにより死を決定することになっています。 「植物状態から回復することはある?脳死と余命」の続きを読む…

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在宅での看取介護ケアの方法

看取り介護とは、近い将来に死に至ることが確実な方に対して行う介護です。患者の身体的・精神的苦痛、苦悩をできるだけ緩和し、死に至るまでの期間充実した余生を送ってもらうことを目的にします。対象者の尊厳や意思を十分くみ取りながら、それでいて介護者に過度な負担がかからないような方法を家族や医師、介護士などが一緒に考えて(可能な場合は本人も)行きます。

 

 

誰もが納得できる最期を迎えるというのは難しいかもしれませんが、それでも少しでも理想に近づこうという気持ちと、現実と折り合いをつけられる胆力の両方が必要になります。

 

 

そもそも、1980年までは病院よりも家で亡くなる人のほうが多く、死は多くの人にとって日常のそばにあるものでした。しかし、その後国民皆保険制度の普及や医療制度・医療技術の革新などにより、日本人が最期を迎える場所は家ではなく病院になりました。その結果、死はまるで遠い世界で起きている非日常的な出来事になりました。

 

 

もちろん、国民皆保険制度の普及も、医療技術の発展も、長い間生きられるようになったことも、基本的には人類の英知の結果であり、とても喜ばしいことです。しかし、その副作用として我々は生命の尊厳、死を学ぶことができなくなってしまいました。今では家で亡くなる人は、全体の12%にとどまっています。

 

 

一方、最近は家で最後を迎えたいと望む人が増えてきているようです。少しずつですがそれを支援する枠組みも整いつつあります。現代は死に場所は病院や役所が用意してくれるものではなく、自分で用意するものです。もちろん、自分で考えた結果病院で死にたいと思うのならば、それも立派な選択の一つです。

 

 

理想的な死に方は元気なうちから決めておく必要があります。本を読む、インターネットを見る、人の話を聞く。どんな方法でも構いませんが、最終的には自分で決めます。

 

 

しかし、自分らしい死に方を見つけても、それを実行するための仲間がいなければどうしようもありません。家で死ぬことを望む場合、少なくとも家に往診してくれる医師や訪問看護士、ホームヘルパーなどを探しておく必要があります。亡くなったときは、家まできて死亡確認をしてもらえることを確認しておきましょう。

 

 

看取る側になった場合は、基本的な医療知識を身に着けておく必要があります。知識がなければ医師や訪問看護士が何を言っているのか理解できませんからね。わからないことがあったらその都度相談し、早めに疑問を解決するようにしましょう。

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認知症の介護・ケア

近年、認知症患者は増加傾向にあります。現在、認知症の人は日本に約300万人いると考えられています。この数字は20年後の2035年にはい約445万人になることが予想されています。85歳以上の人の4人の1人は認知症とも言われており、もはや国内全体の問題と言っても差し支えないでしょう。 「認知症の介護・ケア」の続きを読む…

介護と食事の関係性

食事は、被介護者にとっては特に重要な意味を持ちます。食事の量や質が適度に高まるにつれて、体の調子がよくなり、それがさらなる健康を生むことも多いです。

 

 

一方で食事は被介護者にとっては一仕事でもあります。健康な時には単なる楽しみだった食事をとることさえ、被介護者にとっては困難な場合があります。場合によっては適切な援助や工夫が必要になります。また、病気によっては食事制限が加わることもあります。制限が高い中でどのように高い満足度を得るかがカギです。

 

 

理想の食事の条件は、必要十分なエネルギーやバランスのとれた栄養素を摂取すること、また消化や吸収の良い食品を重点的に撮ることです。しかし、栄養バランス重視で作られた食事はえてして満足度が低いものです。誰が行ったかはわかりませんが、「健康に悪いものほどおいしい」「体にいいものは味気ない」のもまた事実です。

 

 

食欲があまりない時には、無理して栄養バランスのとれた食事をする必要はありません。それよりも、その時たべたいもの、食べられそうなものを食べたほうがいいです。食べたくないものを無理やり食べさせようとするのは逆効果です。

 

 

治したい、治るはずという前向きな希望を失っていると、食事ものどを通りません。心の面で被介護者をどう支えるかも食事の一部と考えてください。家族だけで支えるのは難しいので、医師や介護士などともしっかり連携を取りましょう。

 

 

一方で1日に最低限必要なカロリー、水分などを取らないと身体に障害が発生することがあります。特に高齢者や子供は体内に水分を蓄える機能が不十分で、脱水症状を発症しやすいので気を付ける必要があります。食べたくないという常態が一時で終わればいいのですが、それが続くとますます食欲を失うことになります。できる範囲で好きなものや飲み込みやすいものを摂取することも大切です。先ほど述べたこととは矛盾しているように感じられるかもしれませんが、このあたりのバランス感覚が介護をする上では求められます。

 

 

水分の摂取量は体格や年齢、季節などにもよりますが、最低でも1000mlは必要と言われています。あとは個人際に応じて各々が調整しましょう。無機質やビタミンの含まれたスポーツドリンクは水分を効率よく摂取できるのでお勧めです。

 

 

食事は家族と全く別のものにすると大変です。家族の食事を細かくきざんだり、薄味にするなどして、なるべく作る手間がかからないようにしましょう。市販の介護食などを使うのもおすすめです。

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介護における基本的なケアの方法

介護は人の日常生活を助けるためのものです。食事、排泄、睡眠、体の清潔さを保つことなどが主な援助になります。大切なのは、できる範囲で被介護者にも何かをやってもらうことです。これは被介護者のプライドを保ち、生きがいを守ることにつながります。また、介護者は被介護者がなるべく従来の生活リズムを崩さずに生活できるように支援をするべきです。

 

 

洗面と身だしなみ

朝の洗面は顔や口腔内の清潔さを保つだけではなく、朝の気分転換という意味でも重要です。口腔内は細菌が繁殖しやすく、放置したままにしておくと虫歯や絶対ができたり、口臭や口内炎を引き起こす原因にもなります。被介護者は一度新しい病気にかかってしまうと治りにくい傾向があるため、常日頃から清潔を保ち、残された健康を維持増進するように努めましょう。

 

 

洗面は、できるだけ体を起こして行います。被介護者の身体がある程度動く場合は、時間がかかっても自分でやってもらうことが大切です。それがリハビリにもつながります。自力でできない部分のみ、介護者が手を貸すようにしましょう。

 

 

洗面を介護者が行う場合は、温めたハンドタオルにせっけんを少量付けて、額、鼻の頭、ほお、耳の後ろ、首筋を拭きます。別の温かいタオルで顔や首筋についた石鹸をよく撮り、肌が乾燥している場合は乳液などを使って一定の水分を保つようにしましょう。髭が生えている場合は、洗面と髭剃りを一緒に行うと手間が省けます。

 

 

洗面が済んだら整髪です。介護を受けている状態では頻繁に髪が洗えませんので、時々頭皮をマッサージしましょう。

 

 

歯磨き

歯磨きに関しては、磨いている最中に衣服がぬれないように、襟元から胸元にかけてタオルを当てておくといいでしょう。歯を磨くときは普通の歯磨きを使ってもいいですが、手の動きに難がある場合は電動歯ブラシを使うといいでしょう。普通の歯ブラシよりも使いやすく、力が入らなくても簡単にブラッシングできます。

 

 

入れ歯を付けている場合は、それを外してから歯磨き粉で磨きます。口の中はぬるま湯でゆすぎます。外した入れ歯は水で流してきれいにします。寝る前には入れ歯を外して、清潔な水に入ったコップに着けておくといいでしょう。

 

 

手洗いは洗面器のお湯で行います。それが難しい場合は、温めたハンドタオルにせっけんを少量付けて手を拭き、その後別のタオルでふき取ります。手洗いは朝起きた後と食事前に行いましょう。それが難しいという場合は、手元にウエットティッシュをおいて置き、随時それを使ってもらいます。

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家族介護の準備

家族で介護が必要となる療養者は、多くの場合医療機関から退院してきます。いきなり介護が必要になるということはまずありません。そのため、家庭内での介護を考えるにあたっては、入院中に十分な準備をしておく必要があります。ここでは療養者が入院中にしておくべきことについて解説したいと思います。

 

 

まずは介護保険や障害者認定の申請を行いましょう。在宅で介護を受けるためには、介護保険を申請する必要があります。介護保険とは平成12年から始まった市区町村が運営する保険制度の一種です。40歳以上の人は被保険者として介護保険に入り、65歳以上の場合は要介護認定を受けることによってサービスを受けられます(場合によっては64歳以下でもサービスを受けられます)。

 

 

要介護認定を受けるには、市区町村の役所の窓口、介護支援事業所などに相談を行う必要があります。申請すると調査員が療養者の元に審査にきます。その審査で要介護や要支援のレベルが決まり、サービスの給付額が決まります。

 

 

もっとも軽度なのが要支援1、次が要支援2、以下要介護1、要介護2……要介護5と続きます。障碍者認定は本人や家族が役所に申請するものです。障害者手帳が給付されると、その程度に応じて様々な制度を利用できるようになります。障害者手帳は申請から発効までに約1か月ほどかかるため、早い時期人医師やケースワーカーに相談しておく必要があります。

 

 

また、それと同時に介護の方法や医療処置への方法を学んでおく必要があります。シーツを交換する方法、体の拭き方、おむつ交換の方法など、療養者に不快がなく、なおかつ介護者の負担が少なくなるような方法を知っておきます。介護器具や吸引機、吸入器なども併せて用意しておきましょう。これらの医療機器は自費で購入することもできますが、場合によっては介護保険サービスとして受けることもできます。使い方もきちんと押さえておきましょう。万が一壊れてもいいように、予備を用意したり、緊急時にはどうすればいいかを考えておくことも大切です。

 

 

また、家出安心して暮らすためには、普段の体調を管理する往診医を持つ必要があります。特に普段大病院に通っている人は、近くの町医者に往診医になってもらう必要があります。

 

 

病室については今まで寝室として使っていた場所を使うのが基本ですが、静かで落ち着け、なおかつ孤独を感じづらい場所にする必要があります。トイレや洗面所は近いほうがいいでしょう。夏ばばは室外との温度差を5度以内に抑えたほうがいいでしょう。冬場は20度を目安に室温を管理してください。また、定期的に換気をして、新鮮な空気を取り込むようにしましょう。

 

 

 

ベッドは清潔で、トイレなどに移動しやすいものを選びマッ法。適切な高さは70cm程度です。

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高齢化で注目浴びる家庭介護の実態とメリット

認知症患者が増え続ける現代日本。家族が介護が必要になった時にまず考えなければいけないのが、施設に入所させるか、それとも過程で面倒を見るのかということです。どちらにも一長一短ありますが、今回は家庭での介護について考えていきたいと思います。

 

 

家族の中に介護が必要な人がいる時、生活の援助を行うのは基本的には家族になりますが、それでも全部を家族で何とかしようとするのはいいことではありません。もちろん、家族がすべての面倒を見ることができるのならそれに越したことはありませんが、家族には家族の生活があります。みんな学校に行ったり、会社に行ったり、家事をしたりする義務があるんです。

 

 

24時間介護でつきっきりになるというわけにはいきません。介護そのものに対して不慣れな人もいます。最近は介護保険法に伴い、介護の専門職の人たちも増えてきています。そうしたケアに関してはプロの人たちに委託して、家族は精神的な支えとなるという役割分担が重要になります。

 

 

しかし、介護の専門職の人たちに介護を依頼するのにはそれ相応の費用が掛かります。将来自分が介護が必要になった時に家族に迷惑をかけないという意味でも、ある程度のまとまったお金は用意しておきたいものです。もし現在介護な家族がいて、その費用が捻出できないという場合は、ケアマネージャーなどに相談してみるといいでしょう。

 

 

さて、介護で大切となるのは、療養者の能力を最大限に生かすことです。療養者の多くは入院生活を経て、自宅での生活を始めています。自宅での療養生活は、以前の健康であったことと比べて何かと不都合が発生しやすいものです。階段を上ったり、廊下を歩いたり、着替えたりといったような、以前は当たり前にできていたようなことができなくなったりします。介護者はそれに対してイラつくことがあるかもしれませんが、療養者は療養者で毎日精神的につらい思いをしています。

 

 

介護の原則は家族が療養者に臨むことを何でもしてあげることではありません。療養者ができることは最大限やってもらうのが基本です。そして療養者が家族の一員として、また一人の人間として生きていける喜びを分かち合うことが大切です。それができないという場合は、そもそも自宅介護が難しいと考えたほうがいいでしょう。

 

 

また、介護では家族の心身についても配慮することが大切です。療養者の尊厳を守ることも大切ですが、家族の尊厳を守ることも大切です。はじめておこなう介護は家事や仕事に加えていままでにない経験であり、大変かもしれません。しかし、すべてを完ぺきにする必要はありません。むしろ適切なところで手を抜いていかないと精神的な負担でいつか必ず倒れます。介護は楽に、持続可能な状態を保つ。これが鉄則です。

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安楽死と尊厳死の違いは?法律のサポート体制は?

近年、安楽死に関する議論が高まりを見せています。
長年苛烈な症状に苦しんでるとはいえ、自ら死を選ぶことは非人道的だとする意見がある一方で、苦しんでいる人を無理やり生かすことの方が非人道的だとする意見もあります。
簡単に結論が出るような議論でもありませんが、そもそも安楽死・尊厳死とは何でしょうか。

 

 

安楽死とは、一般的に歯肉体的な苦痛を伴う病を抱えている病気の人を安楽に死なせることです。

 

 

安楽死には積極的安楽死消極的安楽死があります。
積極的安楽死とは、患者が死を望んでいる際に、患者の自殺をほう助することによる死です。
これに対して消極的安楽死とは、患者に対して治療をしない、もしくは治療を終了することによって結果的に訪れる死のことです。

 

 

現在、日本では積極的安楽死は認められていません。
過去には東海大学の病院で積極的安楽死が行われたこともありましたが、
被告人は有罪(懲役2年、執行猶予2年)となりました。

 

 

また、この裁判では医師による積極的安楽死が許容されるための4条件(患者は死が避けられず、それが迫っていることなど)が挙げられました。

 

 

積極的安楽死は日本以外の諸外国でもほとんど認められていませんが、
中には認められている国もあります。代表的なのはオランダで、2001年に安楽死法が可決しています。そのほか、ベルギー、スイス、アメリカの一部の州などでも積極的安楽死が認められています。

 

 

一方で消極的安楽死は日本において殺人罪・殺人ほう助罪・承諾殺人罪にはなりません。
終末期の患者は延命可能性がほぼないことが多いため、消極的安楽死は日本のみなならず広く認められています。

 

 

さて、安楽死と似たものに尊厳死があります。
安楽死は「安楽に死なせること、安楽に死ぬこと」です。
それに対して尊厳死は「人間が人間らしい尊厳を保ったまま死ぬこと」です。
人間にはいきたいという欲がある反面、最後まで人間らしさを保っていたいと意欲もあります。

 

 

この欲のうち後者に重点を置いた人たちの考えから生まれた概念が尊厳死です。
近年は医療も高度化しており、以前なら死んでしまうような病気でも生きられる人が増えました。
それ自体は喜ばしいことなのですが、反面過剰医療によって生命維持装置で多大化されるだけの人も増えました。こうした人たちに本当に尊厳はあるのか。難しい問題ですが、半ば植物のように生きながらえるくらいならば尊厳ある死を迎えたいという人が一定数居るのは確かです。

 

 

現在、日本では死期が迫ったときに備えてリビングウィル(「尊厳死の権利を主張して、延命治療の打ち切りを希望する」といったような意思表示のこと)を用意する人が増えています。
オランダでは尊厳死が法的に認められており、患者が何度も医師や家族と意思を確認しあい、主治医が賛成している場合は安楽死することが許されます。この場合、医師が罪に問われることはありません。

 

 

一方で、尊厳死や安楽死といった考えが生存権を侵害するという考え方の人もいます。反対派の主張は尊厳死の名のもとに殺人や自殺ほう助が一般化する可能性があるというものです。

 

 

難しい問題ですが、個人的に歯選択肢が増えるのは悪いことではないと考えています。
皆さんはどう思いますか?

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